リーグルとヴォリンガー:美術史の方法論

美術史の方法論

方法論をめぐる激しい対立は、美術史という学問の一つの特徴をなしている。もちろんどの人文系学問分野でも、一定程度共有された問題に対して「どのように取り組むべきか」は頻繁に議論の種となる。しかし、哲学のような思想系の学問にしろ歴史学のような実証系の学問にしろ、大抵「非経験的な思弁を通じて問題に回答を与える」「史料に立脚して客観的に反証可能な形で問題に回答を与える」といった大枠のルールに関しては共通了解があり、その上で生じる問題といえば、「どのような論理形式を採用するか」または「どのような視座で史料を読むか」といった類のものになる。しかし、美術史という学問で見られるのは、もっと根本的な次元の、いわば大枠のルールをめぐる対立である。「いかに美術作品を言語化するか」。それ自体は黙って佇むだけの作品を前に、我々はしばしば言葉に窮する。単なるがらくたとは言えない存在感を放つ、しかし社会の目的ー手段連関の中にも組み込めない、はみ出し者のようなそれを、一体どうすれば良いのか。それは、歴史上一度も合意を見たことがない「芸術とは何か」という問いにも関わる問題となる。

管見の限り、これまで提案されてきた美術の主要な方法論は以下の三つに分けることができる。第一に唯物論的・技術的アプローチ、第二に美学的アプローチ、第三に社会史的アプローチ。この中で唯物論的・技術的アプローチとは、使用目的・素材・技術といった物理的・実用的要因の所産として美術作品の成立を説明するもの。ゼンパーの継承者が採用したものとして、リーグルやヴォリンガーによってもしばしば槍玉に挙げられる。この立場に基けば、美術史は、その時々の物理的環境・条件を反映して受動的に生み出された作品群の歴史として、いわば能力史の性格を帯びることになる。次に美学的アプローチとは、美術を外的諸条件に左右されない自律的現象と捉え、特にその形式的諸要素(線・形態・色彩)における線的・統一的発展を想定するもの。ヴェルフリンに端を発しつつ、主にグリーンバーグやフリードといったモダニズムの批評家によって大成された。ここでは美術史は、線的・連続的な形態史として理解されていると言える。最後に社会史的アプローチとは、社会的・政治的・経済的文脈=「コンテクスト」と美術作品との間の相互関係に作品研究の土台を据えるもの。モダニズムの時代の美学的プローチ=フォーマリズムに対する反動から生まれた立場であり、T.J.クラークらによって推進された。美術作品を外的環境との連関の中に位置づける点では唯物論的・技術的アプローチと共通するが、物理的・視覚的諸要素よりはむしろ作品の構想における精神的・理念的諸要素に着目する点で異なる。ここで想定される美術史とは、時には社会のメディア、時には社会の鏡としての役割を果たしてきた作品群の機能史のようなものになるだろう。

しかし、いずれのアプローチも、それ単体では美術作品の特質を言語化するのに不十分であるように思われる。まず、唯物論的・技術的アプローチや社会史的アプローチは、美術が持つ固有の情緒的な魅力を捨象してしまう。前者は美術を単なる工芸品の一分類、後者は単なる視覚メディアと見做すことを意味するからである。一方で美学的アプローチは、なぜ特定の傾向を持つ作品が特定の社会で生み出されるのか、その必然性を説明することができない。その理論のもとでは、作品はまるで制作者の意図を介さずに気まぐれかつ自動的に移り変わっていくもののように感じられてしまう。

こうした不消化感を抱えていたところでたまたま遭遇したのが、リーグルの「芸術意志」およびヴォリンガーの「感情移入衝動」/「抽象衝動」の理論。それらは、唯物論的・技術的アプローチに強く反発しつつも、社会史的アプローチと美学的アプローチを融和させるかたちで、美術作品を説明するための新たな言語体系を構築する可能性を提示しているように感じられた。

リーグルの「芸術意志」

リーグルは、美術をその時々の材料・目的の無媒介的・直接的産物と見做す唯物論的・技術的理論を打破するため、各作品の根底にはその時々の世界観から説明することの可能な内的構造=「芸術意志」が存在することを指摘する。試みにイタリアの歴史画とオランダの集団肖像画を比較してみよう。前者においては、一部の人物が積極的参加者(=行動者)、残りの人物が受動的参加者(=傍観者)と役割付けられる形で全参加者が「一つ」の行為に統合される「従属」作用が働いている。これは各主体のレベルでは一つの「意志」衝動へと従う明確な肢体の動き、間主体的なレベルでは対角線によるシンメトリカルなピラミッド構図によって具現化されるものである。これに対して後者においては、人物像は見たところ互いに孤立しており、たとえ主要行為に関与する行動者とその他の傍観者を区分することができても、その間に統一感が存在しない。具体的な個物に関心を示さず視線の分散する主体たちが、連結する対角線なしに並列をなす単独な垂直軸として並び立つことで、全体として「平等」の関係が実現されている。しかし、これは決して単なる無秩序を意味するのではなく、むしろ人物像は外面的身体構図には反映されない「注視」衝動=外界と精神的に同化し心を捨てて埋没する態度によって統一され得ることが、注意深い鑑賞者によってのみ見てとられるのである。それでは、こうした様式的分析が社会史的アプローチといかに繋がるのか。リーグルによれば、これらの特徴は16・17世紀イタリア・オランダそれぞれの政治体制・哲学思想と密接に結び付いている。すなわちイタリアの歴史画における「従属」作用は当時支配的であった君主制の理念を反映し、オランダの集団肖像画における「平等」関係は当時の民主主義体制に呼応している(なお、イタリアの中でも例外的に君主制と共和制の複合政体を採用していたヴェネツィアでは、オランダに近い集団肖像画が生み出されている)。さらに言えば、前者における明確な「意志」と連動した身体表現は、ルネサンス以降の古代復興および人文主義の運動の中で、偶然に移ろい行く個人の肉体の特殊性に対する関心が高まったことを表す。が、これに対して後者における能動態と受動態を統合したような曖昧な「注視」の身体表現は、肉体的なものを唯一客観的な霊魂に対して移ろい行く主観的なものと見做す中世的な価値観がオランダにおいて残存していたことを示唆している。だからこそ鑑賞者には、その身体表現を精神の無媒介的な具体化と受け取るのではなく、自らの想像力を働かせながらその奥に潜む不動の精神性を読み取ることが求められるということになる。リーグルの議論はこれに留まらないが、この種の具体的な論証を積み重ねることで彼は、その時々の世界観に呼応する作品形式への潜在的・内的要求=「芸術意志」にまつわる自らの理論を一定の説得力をもって提示することに成功したと言える。

ヴォリンガーの「感情移入衝動」/「抽象衝動」

ヴォリンガーも、19世紀の唯物論的・技術的理論に対抗する意識から、リーグルの「芸術意志」概念を自らの議論の出発点に据えている。ただし彼の特殊なところは、あらゆる地域・時代の芸術表現を「感情移入衝動」・「抽象衝動」の二元論で説明しようとした点にある。いわく、(おそらくリーグルも含む)従来の美学・美術史は、現実の自然原型に接近および「感情移入」することを普遍的な芸術衝動と見做し、さまざまな様式をこの単一の衝動の変奏形として捉えてきた。しかし実際にはこのモデルから抜け落ちる美術作品が歴史上多く存在し、それらは、「感情移入衝動」のむしろ対極をなす「抽象衝動」によって説明されるべきである、というのが彼の主張の骨子となっている。

具体的な論証を追ってみよう。美術史上高い評価を受けてきた作品群、すなわち古代ギリシア=ローマ彫刻や近代西洋絵画は、生命の有機的な真実性に近迫する「自然主義」的表現によって特徴付けられる。注意すべきは単なる「模倣」との区別であり、自然の再現という点で共通していても、「模倣」とは自然物を形態の上で実物通りに描写する「知覚」の次元の行為であるのに対して、「自然主義」は有機的生命の持つ線・形・リズムなどを理想的な独立性・完全性において投射する創造的行為であり、それは「知覚」より進んだ「表象」の次元に属するものである。そして、こうした「表象」、すなわち純粋視覚的過程が示す視覚的諸要素の中から全体的なものを再構築する営為こそが、芸術を芸術たらしめる本質的要素ともなっている(この理由から、例えばラスコーの洞窟壁画のように最古代の原始民族が残した動物の再現的描写は、彼においては芸術の範疇から除かれることになる)。他方で、エジプト古王国や東方文化民族の諸美術は、こうした「自然主義」には適合しない。それらはむしろ、無機的な抽象性・合法則性、三次元性の廃棄、対象を相互に結合する空間描写の抑圧による単一形態の表現といった傾向によって特徴付けられる。むろん、何らかの全体性を志向した主体的な造形化という点で「模倣」でなく芸術の範疇に属することは間違いないのだが、しかしそれらは、有機的生命への迫真を本質とする従来の美術史のロジックによっては説明がつかないのである。こうした異端的とも言える無機的表現傾向を、ヴォリンガーは「様式」と名指している(ここで指示される意味が、「様式」という言葉の一般的定義と異なることは言うまでもない)。

そしてお察しのように、この「自然主義」と「様式」の二つの美術的傾向こそが、冒頭で挙げた「感情移入衝動」と「抽象衝動」にそれぞれ対応することになる。まず「感情移入衝動」とは、合理主義的な発展を遂げたことで外界=自然界に対して精神的支配力を有するに至った民族が、人間と外界の現象との間の幸福な汎神論的神話関係を前提として、自己を外界の物に沈潜することで幸福感を実現せんと望む衝動である。したがってこうした民族は、既述のように、外界に内在する線・形・リズムを理想化して再現する=「自然主義」化することで、人間内部における自然的・有機的なものへの志向性を満足させることを試みる。対して「抽象衝動」とは、無秩序で変化極まりなく混沌不測たる外界=自然界に対して精神的空間恐怖を抱える民族が、超越的な宗教観念を経由しつつ、外界の個物を存在の絶対的価値に引き寄せ、現象の流れに静止状態を見出すことで無限の安静を獲得せんと望む衝動である。この結果、彼らの美術は、自然物の恣意性・偶然性・複雑性を捨象し、知覚の際に個々人の悟性・習慣による助けを必要とする奥行表現およびその内部の個物を相対化する作用を持つ空間表現を廃棄し、必然的・固定的な幾何学的形式のみを具現化する=「様式」化するものとなる。これは鑑賞者に対しても、一定の明確な限界を持つ作品の中に没入することで、個人意識における無限の多様性からの解放=「自己放棄」を可能にするものだという。ヴォリンガーの議論はかなり大雑把なので実際多くの反例を提示し得るのは間違いないが、しかしそれが不思議と抗い難い説得力と魅力を有していることは否めないだろう。

再び美術史の方法論

美術作品は、死せると同時に生ける存在である。それは言葉を持たず、私たちが語りかけても決して応えることがない。一方で使い捨ての道具とは違い、時代や地域を隔ててもなお、私たちに対して何らかの求心力を放っている。だからこそ私たちはその魅力に言葉を与えんと望むのだが、その作業は一定の暴力性を孕んだものにならざるを得ない。死人に口なし。反論の余地を与えないまま、ただ私たちの言語をイメージに押し付けていくのが、美術史という営みなのではないだろうか。

だからこそ、この学問においては方法論をめぐる衝突が絶え間なく生じる。そのなかでも唯物論的・技術的アプローチというのは、作品のうちでも最も客観的に捉えることのできる物理的要素に焦点を絞ることで、エクフラシスの暴力性を極力排除する方法論だと言えるだろう。鑑賞者の主観に依存する印象を度外視し、物的証拠に立脚した因果関係を構築する。それは近代学問で重視される反証可能性も兼ね備えた、理想的な実証研究となる。しかし、既出の語彙を用いれば、それは美術を「使い捨ての道具」に矮小化する危険性を帯びている。そうではなく、やはり美術には一般的なモノの目的ー手段連関には組み込めない特別な力があるのではないか。この直感に対する一つの応答が、社会史的アプローチである。それは、美術をある種の特権的な視覚メディアと見做し、「美術がいかにその社会を表現したか」「美術がいかなるメッセージをその社会に提示したか」を明らかにする。とはいえこのアプローチは、美術に単なる道具以上の役割を認めこそすれ、特定のコンテクストの中に作品を位置付けることで、その価値を相対化する帰結をもたらしてしまう。そうではなく、美術が時代や地域を隔ててもなお発し続ける情緒的な魅力を説明する手段はないか。ここで美学的アプローチが正面に躍り出る。特定の社会的・政治的・経済的環境や物質的条件から切り離された形態の自律的発展を語ることで、どのようなバックグラウンドを持った鑑賞者にも等しく訴えかけることのできる、美術特有の魅力を明らかにすることへの希望が見出される。しかし、希望は希望のまま。ここで描き出される形態の目的論的・単線的発展史は、ごく限られた範囲の作品にしか適用することができないし、グリーンバーグやフリードの書き振りが典型であるように、一部の作品を「完成されたもの」、それ以外の作品を「発展途上/異端のもの」とする差別的な価値判断にも容易に陥りかねない。そもそも、外部環境から遮断された形態の自律的発生を唱える以上、それぞれの社会が持つ一定の造形的徴候さえ、単に偶然的なものと見做されざるを得なくなってしまう。

だから、美術作品を言語化する上で大事なのは、必ずしも客観的・実証的分析にそぐわない情緒的な印象に向き合い、それが特定の状況下で表現された必然性を追及しつつも、個別的記述に終始するよりはむしろイメージが人間に対して持つ普遍的な力をめぐるマクロな問題系と結び付けながら、各作品固有の意義を引き出していくことだと思う。言うは易し、という話かもしれない。しかしリーグルやヴォリンガーの理論は、こうした要求をふまえて従来の美術史の方法論を刷新していくための一つの可能性を提示するもののように感じられる。野心的な取り組みゆえの議論の乱雑さや強引さはあるが、そうしたツッコミどころの多さこそ、逆説的にその著作の偉大さを示しているのではないだろうか。